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ゴージャス宝田の「妹ゴコロ。」を読む。
抜いてない。もともとゴージャス宝田の漫画であんまり抜いたことがない。
どちらかというとお話に期待してるので抜けなくても構わないつもりで読んだ。
で、妹ゴコロは、お話も今一つだった。
関係がエスカレートしていく間は面白いんだけど、その後が単調に続く感じ。
妹ゴコロはコミックメガストアに連載されていて、コアマガジンとしては初の単行本。
連載そのものも初めてみたいで、そこらへんが物語の空中分解感の原因なのではないかと。
後書きにも書いてあるけど、途中で話の方向を変えているらしい。
それが編集の方針によるものなのか、プロット設計の不備にあったのかは判らないけれど、なんか話としてまとまってない印象を受ける。
サブキャラの設定はしっかりしてて、リロンの話なんかも見たかったのに、なんか消化不良。
一話読みきりを集めた「ありすブレイカー」は傑作揃いだったのに。
そもそも、実の妹とセックスしたら結末は限られていて、思い直して正常な兄妹関係に戻るか、親にバレて破局を迎えるか、それでもやけくそな決意で関係を続けるかのどれかで、なんかバレそうだけど今がラブラブだからいいや、みたいなエンディングは有り得ない。
っていうか、まだ終わってないというのが正解で、どう見てもこのすぐ後に破局が待っている。
でも、親にバレて破局というパターンは同人でやっている「空とぶ妹」そのままで、ただでさえ設定が似てるのにますます同じ話になってしまうので避けるのも判る。
結局、ゴージャス宝田の作品を読んでいる人間にとっては、兄妹でセックスするくらい全然普通なので、それ以上の新しさが無かったということか。
ここから妹の話。
妹がいます。離れて暮らしています。可愛いです。妹が好きです。きっと妹にも好かれています。
妹がいる人は妹萌えの物語に共感できないという話をよく聞くけれど、そんなことはありません。十分萌えます。
作中の妹をリアル妹に置き換えて遊んでみたりして得られる強烈な背徳感は、妹がいない人には無理でしょう。
目の前にいない妹に思いを馳せて、いろんなことを言わせたりいろんなことをしたりするのには何も抵抗が無いのに、たまに実際に会うとそういう気持ちがすっぽりどこかへ消えてしまうのがむしろ不思議に思える。
脳内で勝手に作った妹の像と現実の妹にギャップがあるという訳でもなくて、よく知ってる相手だからきちんと再現できているのだけれど、脳内妹は萌えるけどリアル妹は萌えない。
リアル妹は好きじゃないのかというと、そんなことはなくて好きなんだけど、延長していくとセックスに行き着くタイプの好きじゃない。
脳内妹とはセックスしたい。
多分、妹とずっと一緒に暮らしていたら、こんな感情の二重性は生じなかったと思う。
妹と長期間会わない状態で、加奈とかツグナヒとかその他一連の妹萌えの虚構に触れることにより、脳内妹への想いが強まっていったのだと思う。
そんな妹はいねーよ的なお約束のステレオタイプな虚構妹に対する違和感は今でもある。
基本的には妹は兄に甘えない。
「お兄ちゃん」と呼ぶことは普通にあっても、そこに甘えや媚びの響きは無く、単に敬意を込めた呼称でしかない。
頼ることはあっても、それはプライドの許す範囲内で、基本的には自力で解決しようとする。
だからといって、他人かというと全然違って、強い繋がりを常に感じている。
そういうリアルな兄妹もののエロ漫画を読んでみたい。
実際に妹がいる人の書いた、妹がいる人向けの。
妹と知らずに出会ったとか、両親を失って兄妹二人だけとかそういう無理な設定無しの。
- 2005/03/30(水) 18:07:43|
- エロ漫画|
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